1月から通っているフラダンス教室のクリスマスパーティがあって
だいじょうぶだろうか と思いつつ参加してきた。
そもそも 教室でお友達がたくさんできたりするタイプでもなく
にもかかわらず じぶんが通っている曜日のひとが先生以外誰もいない
というかなりアウェイな状態だったので どうなることやらと
不安に思いつつ の参加であった。
結果 そんなに親しくいろいろなひとと というのは
すこしハードルが高かったものの 習った曲がかかれば
みなさんと前に出て踊る などのことを わたしとしては
積極的にやってきた。 初心者なのに図々しい と
言われるほどの感じで。 どう思われたかはしらないけど
わたしはたのしかったからいい。
踊る というのは なんだかとてもいい効果のあることなのだな
ということをあらためて知った。 上手じゃないのにどんどんひとまえで
踊ろうとするのは いかがか という話ではあるのだけれど
きょうは 踊ることがたのしい と思えたので
そのことがうれしかった。
これまでも レッスンや 家での練習もたのしかったし
だから続いてきたのだとおもうけれど なんだか
舞台 という場所が とてもきもちのいいものであったのだ。
それから 上手なひとたちが踊るのを見て
わたしもいつか あんなふうに踊れたらいいのになぁ と
思ったりもできたので それもなんだか いいことだとおもった。
小学生の作文みたいなことしか言っていないけれど
きょうはそういういちにちだった。 図々しく前に出ることができて
歳を取ってよかったな とおもった。
2012年11月25日日曜日
2012年11月23日金曜日
そーいうところ
きのうはぐすぐすさみしがるプレイにひたって
6kgがひざに乗ってくることすら感激したりとかしているうちに
トモダチから電話がかかってきて いろいろと話した。
このトモダチはいつもほんとうのことしか言わないのだけれど
そのときに わたしの「目の前の課題に対して」容赦ない。
つまりそれは わたしのすすむ速度とか いまいる場所を
なぜか感じとってくれている ということであるとおもう。
もし ほんとうのことを言われたとしても
それが 目の前の課題 でなければ わたしはただただ
傷つくだけで終わるだろうし もっといえば
もしかすると それが課題であることにすら 気づかないかもしれない。
わたしのいまの課題は いちばん荒々しく言えば
甘えんじゃねぇよ というところであるが
別の言い方をすれば もっとじぶんのちからを信じてやれ
ということである と思っている。
きのうの どうしてひとりなんだろうぐすぐす という
その原因について きょうのわたしから言わせてもらえば
それは そういうこと言っちゃうおまえのそういうところだよ
ということにほかならない。
まぁ半分プレイとしての さみしがり であったとはいえ
わたしはもう ひとりでもうすこし いろんなことができるわたし
なのだろうとおもう。
ひとりで お店で飲むことが できたみたいに。
***************
わたしがここで書き募っていることや
Twitterをしていたころに書き募っていたいろいろのような
そういうこころの作業は それが作業のすべてではないとしても
世の中のひとたちは そういった作業を どこにももらさずに
ひとりでなんとかしているのかもしれない ということに
本格的に思い至ったのは 残念ながらつい最近だ。
なぜ その当たり前のことができずに生きてきたのか
なぜ そのようなわたしが いま 先のトモダチのような
愛をもって接してくれるひとのいる世界に存在できているのか
不思議におもうこともある。
わたしはその当たり前のこと と もしかすると
その先の そうできたあとにしかあり得ない
誰かときちんと向き合って生きること が恐ろしくて
いろいろなものを勝手にかかえこんでいたのではないか とおもう。
むかし見た ほかのひとの人生の物語をわたしが次々と作成している
という夢がそのことをよくあらわしている。
いろんなひとの物語は そのひと自身にしか作ることはできず
その物語同士が出会うところに尊さがあるし そこにまた
すばらしい物語の展開があるのだと わたしは誰よりも知っていなければならない
そういう仕事にも就いているし 実際 そのことを仕事でたくさん
経験してきた。
わたしが手放さなければならないものは
わたし以外のものすべて なのだろうとおもう。
2012年11月22日木曜日
さみしいよる
びっくりするくらい さみしくなった。
・・・・なんて ウソ。 きょうはさみしくなるだろう と
わかっていた。 それで どうせならおもいきり さみしがってやる
くらいのことをおもって さみしいきもちでいる。
どうしていまひとりなんだろうわたし。
どうしてだいすきだったひとたちとはなれてしまったんだろう。
ぐすぐす。
とか思っていたら たゆがおともなく近づいてきて
6kgでわたしの脚のうえにまるくなってねてしまった。
・・・・なんて ウソ。 きょうはさみしくなるだろう と
わかっていた。 それで どうせならおもいきり さみしがってやる
くらいのことをおもって さみしいきもちでいる。
どうしていまひとりなんだろうわたし。
どうしてだいすきだったひとたちとはなれてしまったんだろう。
ぐすぐす。
とか思っていたら たゆがおともなく近づいてきて
6kgでわたしの脚のうえにまるくなってねてしまった。
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