おととい から きのう にかけての
おのれのかっこうわるさ(バカさかげん)および
消耗具合に撃沈。
あー。きた。ひさしぶりのやつ。
でも。それでも。
このバカさかげんこそがわたしのいま であって。
もう甘えられてうれしくて待ってる みたいなものに
一切価値を見いだせないのだ ということを
こんなことしなくちゃ わかりきらないじぶん。
バカにされてもしかたないけど
わたしはこれを踏み台にしていくので。
マナカードをひいたりしても
手放す とか 変容 とか そういうのばっかり出る。
がんばれ おれ。
2013年1月5日土曜日
2013年1月4日金曜日
しつくす ということ
やはりいまのわたしは
なんにしても アタマで考えてわかったつもり になるだけでは
なにひとつわからない という そういう時期のようだ。
どう考えても ダメだろそれ というか
じぶんがむなしくなったり がっかりしたりするだけだとおもうよ
みたいな そういうことがアタマでわかっていることでも。
で 身体を通して体験すると
結局 アタマで考えていたとおりだったりするところが多くて
バカ としかいいようのないこと だったりするのだけれども
それでも やっぱり 体験すると すごくよく
わかるのだった。
秋に 3年ぶりに別れた恋人と会って あぁもう2度と会うことはないな
と思ったときのように。
わたしはこのたびまた 実際にバカだなー てことをやって
ああそうかやっぱりそうだよね ということを確認できた。
えーと。40にもなって みっともないですけど
大事にされない(というのともちょっと違うんだけど)関係 というのは
ものすごく 消耗しますね。 ものすごく 無駄ですね。
お互いの いる環境が とてもかわってしまった。
それでも いちどはほんとうに深く知り合った同士だから、
いまのことでも とてもよく わかるところもあった。
でももう わたしたちは 遠いところに きてしまったし
相手にとってのわたしは むかしのままに甘えさせてくれる都合のいいひと
という色だけが とても濃くなってしまったのだ。
彼が むかしのように わたしを思いやることは もう ないだろう。
そして わたしはもう ただ甘えられてうれしいわたし というのから
ほんとうに卒業したんだな ということが よくわかった。
相手の物語では 相手もわたしに 与えている
ということになっているけれど。おそらくそれは 甘えられ頼られる
という そういう役割を与える ということによって。
でも 申し訳ないけれどもう わたしにとってそれは
あまり意味をもたないことに なってしまっているし
そういうふうに 上から思うものに わたしは反応できないし
彼はもう わたしをそういうふうにしか 思いやれなくなっているのだ。
だいすきなひとであるし もう何があっても
そのひとがそのひとの人生をまっとうしてほしい と願う
わたしのこころからのきもちと愛に こうなっても ぶれはなかった。
なかったけれども もうわたしは 実際的に甘えさせてどうこう
ということをやってる場合ではないし それでは
わたしが消耗するばかりだ。
ほんとうに次にきた。 わかっていたのに。
わかっていたのに ほんとうに確かめないとわからないなんて。
でも ほんとうに確かめて次に進むだけのちからを
わたしは身につけたのだろう とおもう。
さようなら。一昨年までのわたし。
なんにしても アタマで考えてわかったつもり になるだけでは
なにひとつわからない という そういう時期のようだ。
どう考えても ダメだろそれ というか
じぶんがむなしくなったり がっかりしたりするだけだとおもうよ
みたいな そういうことがアタマでわかっていることでも。
で 身体を通して体験すると
結局 アタマで考えていたとおりだったりするところが多くて
バカ としかいいようのないこと だったりするのだけれども
それでも やっぱり 体験すると すごくよく
わかるのだった。
秋に 3年ぶりに別れた恋人と会って あぁもう2度と会うことはないな
と思ったときのように。
わたしはこのたびまた 実際にバカだなー てことをやって
ああそうかやっぱりそうだよね ということを確認できた。
えーと。40にもなって みっともないですけど
大事にされない(というのともちょっと違うんだけど)関係 というのは
ものすごく 消耗しますね。 ものすごく 無駄ですね。
お互いの いる環境が とてもかわってしまった。
それでも いちどはほんとうに深く知り合った同士だから、
いまのことでも とてもよく わかるところもあった。
でももう わたしたちは 遠いところに きてしまったし
相手にとってのわたしは むかしのままに甘えさせてくれる都合のいいひと
という色だけが とても濃くなってしまったのだ。
彼が むかしのように わたしを思いやることは もう ないだろう。
そして わたしはもう ただ甘えられてうれしいわたし というのから
ほんとうに卒業したんだな ということが よくわかった。
相手の物語では 相手もわたしに 与えている
ということになっているけれど。おそらくそれは 甘えられ頼られる
という そういう役割を与える ということによって。
でも 申し訳ないけれどもう わたしにとってそれは
あまり意味をもたないことに なってしまっているし
そういうふうに 上から思うものに わたしは反応できないし
彼はもう わたしをそういうふうにしか 思いやれなくなっているのだ。
だいすきなひとであるし もう何があっても
そのひとがそのひとの人生をまっとうしてほしい と願う
わたしのこころからのきもちと愛に こうなっても ぶれはなかった。
なかったけれども もうわたしは 実際的に甘えさせてどうこう
ということをやってる場合ではないし それでは
わたしが消耗するばかりだ。
ほんとうに次にきた。 わかっていたのに。
わかっていたのに ほんとうに確かめないとわからないなんて。
でも ほんとうに確かめて次に進むだけのちからを
わたしは身につけたのだろう とおもう。
さようなら。一昨年までのわたし。
2013年1月1日火曜日
2013年もよろしく
あけましておめでとうございます。
いやぁ きましたね 2013年。 わたしもことしは
統計上も40代、な41歳になります。8月末だけど。
でもますます いろんなことが ほんとうにたのしみです。
身体が無理きかなくなる とか言うけど
それは 徹夜するとかなんとか そういう無理のはなしで
どのように動かすか みたいなことでいったら
若いときよりいまのほうがずっと 動かしかたがわかるし
実際動くし で なんかもうね。 いい具合です。
一昨年とそのまえの2年間くらいが
いまのこの 人生ってミラクル みたいな
アタマ悪そうな でも本当のことを感じるようになるための
準備期間のはじまり みたいなときで
それがあって 去年があって だからこそ
わたしはいま ここにいる。
先日書いた とある方向 のひとたちと
言ってることの結論だけ取り出すと ほぼ
同じように聞こえるだろうけど やっぱり
なりたちと中身は 全然違うとおもう。
(だってどうしたってわたしはこの感じを
ひとに『教えてあげよう』という気にはならないもん。
これは わたしだけ のもの。 金取って教えたり
諭したり 導いたりなんて 『絶対に』無理だ。)
わたしはこれからだって じゃんじゃん瞳を動かすし
できる限りの方向からのアプローチで
わたしだけのペースで わたしの人生を生きる。
そして わたしのまわりには
そのひとならでは のやり方で 人生を生きてゆこう
とするひとしかいない。 そのことが誇りだ。
ことしもよろしくお願いします。
さらにさらに きゃっほー な感じで
がんがんいきます。
いやぁ きましたね 2013年。 わたしもことしは
統計上も40代、な41歳になります。8月末だけど。
でもますます いろんなことが ほんとうにたのしみです。
身体が無理きかなくなる とか言うけど
それは 徹夜するとかなんとか そういう無理のはなしで
どのように動かすか みたいなことでいったら
若いときよりいまのほうがずっと 動かしかたがわかるし
実際動くし で なんかもうね。 いい具合です。
一昨年とそのまえの2年間くらいが
いまのこの 人生ってミラクル みたいな
アタマ悪そうな でも本当のことを感じるようになるための
準備期間のはじまり みたいなときで
それがあって 去年があって だからこそ
わたしはいま ここにいる。
先日書いた とある方向 のひとたちと
言ってることの結論だけ取り出すと ほぼ
同じように聞こえるだろうけど やっぱり
なりたちと中身は 全然違うとおもう。
(だってどうしたってわたしはこの感じを
ひとに『教えてあげよう』という気にはならないもん。
これは わたしだけ のもの。 金取って教えたり
諭したり 導いたりなんて 『絶対に』無理だ。)
わたしはこれからだって じゃんじゃん瞳を動かすし
できる限りの方向からのアプローチで
わたしだけのペースで わたしの人生を生きる。
そして わたしのまわりには
そのひとならでは のやり方で 人生を生きてゆこう
とするひとしかいない。 そのことが誇りだ。
ことしもよろしくお願いします。
さらにさらに きゃっほー な感じで
がんがんいきます。
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