2013年6月24日月曜日

ながれゆくわたくし

 あれよあれよというまに でも かなりの密度で
わたしのじんせいという時間は流れてゆくのだった。

 あぁかみさま(の、ようなもの)。
ほんとうに ゆくかわのながれはたえずしてしかももとのみずにあらず
なのですね。 出会うひとたちとの関係も
近づいたり また離れたり また近づいたり さらに深まったり
でも いやおうなく引き裂かれたり などなど
まったくおなじでいることはないことを 強く感じる今日このごろだ。

 なんていうのか そのときそのときの その局面を
わたしは そのときにしかないやり方で そのときのわたしで
しっかり受け止めて こつこつやってゆくしかなくて
というか そういうことこそが人生であることを
あらゆる深度で実感してゆく日々を過ごしているのだ。

 流されること と 流れてゆくこと というのは
似ているようで圧倒的に違うので これからも
流されることなく流れて(・・・まぁたまには
流されちゃうこともあろうけれども)わたしにしかないじんせいを
やりぬきたい。




 3年前のわたし と いまのわたし はきっと
たたずまいからなにから 全然違うんじゃないか とおもうけど
ほんの3ヶ月前のわたし と いまのわたし だって
びっくりするほど違っているのだ。 そのくらい
せかいは かみさまは わたしにいろんなことを見せてくれていて
いろんなことがあって いろんなひととのいろいろな関係が 
めまぐるしく動いていて いまこの瞬間にも動いていて 
これまでもそうであったことを わたしは気付かずにいただけなのだ。 


2013年6月14日金曜日

わかっているのに。

 なんかもう ほんとうに いろんなことがあって
時は流れて もうどうしようもなく あらゆることがいまとなり
同じだけ あらゆることが過去となり そうして
もっと数えきれないほどあらゆることが未来となる可能性となっている
ということばかりを感じている。

 わたしがかつて思っていた人生は
もっとこぢんまりしていて もっと予想の範囲内で
驚くべきことなんてない そういうものだった。

 しかし そんなことはあるわけがなく
いまこの瞬間にも 否応なく 想像もしてなかったことと
想像もしてなかったようなこころもちが
わたしにはわき起こる。

 そういう あらゆることがあり得る人生であるのに
じぶんが若い頃から 何かにくるまれた中で思い込んでいた
くだらない幻想のようなものを
なかなか手放せないのはどうしてだろう とおもう。



 

 どうしてだろう って ほんとはわかってるんだ。
そこにしがみついて ほんとうに向き合うべき人生の過酷さから
わたしは目をそらしたいんだ。

 目をそらしたって わかってるのに。
わたしには 過酷なことがまだあるということを。
ひとりでやっていく みたいなことと もっと
真正面から向き合っていかなきゃならないことも。



 そうわかりながらも もうひとりは飽きたよ

誰かとがっつりやっていきたいよ と思っている。

2013年6月9日日曜日

後輩くんのこと

 大学生のころ、ほんのすこしだけ 若気の至り満載な感じで
つきあうことになった後輩がいる。 そのときは先方も生意気盛りで
学年は1つかもしれないけど3つも年上なわたしに
どれだけわがまま言えるか みたいなことをためしたくて
わたしに興味を持ったみたいだったし わたしはただただ
ジョシだと思ってもらえたことがうれしくて ていう
そういうつきあいだったので 3ヶ月くらいで別れた。

 その後輩とは さすがに残りの大学在学中は 
あんまり仲良くできなかったけど
こちらに移ってきて ケッコンしてリコンして 
その後つきあったひとともわかれた くらいのタイミングで
彼もまたこちらにいることを知って そのあたりから
ちょくちょく遊びに行ったりするようになったのだった。

 たぶん むかしのこともあったし わたしへの罪滅ぼしのためか
彼はとてもよく 恋人と別れた直後のわたしにつきあってくれたけど
恋愛がどうの という方向には進まずにもう4年くらいになる。
彼はわたしにとっては 男性 である(異性であることを
感じない という相手ではない)し、むこうもある程度
わたしを女性として扱っているなぁ とおもうけど、
でも それ以上のことがない というのは珍しいことだとおもう。
わたしにほかにいる男子のトモダチとはみんな 
おたがいに異性として会っていない場合がほとんどだ。

 後輩くんとは たまに会うといろんな話をするけれど
いまではとてもくつろいだ気分でいられるし
大学生のころどうだった とかそういうことも
もうほんとうにいい思い出だと思えるようになって
ちょうどいい距離感にいるひとだなぁ としみじみ感じる。
時が経つって ほんとうにすごい。
ひとは変わるし 変わらないのだ。 

 むかしのわたしなら こういう距離感で仲良くしようとするひとをも
一方的に好きになったりして とてもくるしい恋をしただろう とおもう。
でもなんだか そういう恋だのなんだの とはちょっと離れたところで
基本的なにんげんへの気遣い というところだけで一緒にいて
たまに会ったりするトモダチ というのは この歳になったからこそ
なのだろうとおもうし その感じを満喫したいなぁ とおもう。

 恋愛とかケッコンは いまのわたしにはまだ
出来事として降ってきてくれないようだけれど
それならそれで いま起こるいろいろなこと
いまあるいろいろな関係を わき起こる何かを
貪欲に経験しつくすだけだなぁ というおもいを
またあらたにするのだった。