2013年7月6日土曜日

やわらかにひらく

 さてみなさん。(浜村淳風)
て いまや じぶん相手に忘備録みたいにして書いてるこのブログ
読者を想定していないのにこのはじまり方。 どうしてかって?
なぜなら!きょうは!いろんなひとに!自慢したいくらい!
うれしいことが!あったから!!

 まぁ 何って 通ってるフラ教室の ハラウ内検定4級 に
合格した っていう そういうことなのですけれども。ええ。
うふ。うふふふ。

 なんだか時間が経つごとにじんわりひろがるよろこび。
と、同時に ほんとうに? とか だいじょうぶか? も
あるわけですが。

 この検定 もちろんうちのハラウにしか通用しないものなのですけれども
10級から1級まであって 7級に合格すると ハラウ特製パウを買う権利
4級に合格すると アドバンスクラスのレッスンを受ける権利 を得る
とかなどのことがあるわけです。 最終的に1級に合格すると
インストラクターもできるよ みたいな。そういうね。

 てことで 検定があるんだー と知った去年の秋口くらいにおける目標は
7級に合格してパウを買う! だったし 7級に合格したのちの目標は
4級に合格してアドバンスクラスのレッスンを受ける! だったわけです。
特に 4級に合格する というのは じぶんのなかでも
かなり大きな節目と思っていたことで なので とてもとてもとてもとても
うれしいのです。


 もちろん 合格させていただいてるけれど わたしの踊りは
まだまだ初心者のそれで、実際アドバンスクラスにいる先輩たちの
うっとりするようなうつくしい動きにはほどとおいです。 が。
なんか やっと 入り口にきた というか。 そういう気持ちで。
あの いつもためいきつきながら見ていた あのすばらしい踊りに
すこしずつでも 近づくことができるための その入り口。
わたしも そこを目指してもいいんだ という その入り口。

 身体も硬いし運動音痴なわたしが ここに立たせていただける
なんて 去年のお正月に やっぱりほんとにフラやろう って
決心したときには 思いもしなかったのに。





 きょう 検定のときせんせいに「うずちゃんは正確にしっかり
やってくるひとだから ステップもちゃんとしてる。あとは
遊びの部分。それができるようになるともっとキレイになるよ」と
言っていただきました。 正確にしっかり なんだなぁ。
まえにも やわらかさがない とせんせいには言われていますが
ほんとうにわたしの人生の課題はそこなのだなぁ とおもうの。

 優等生ぽいところが どうしてもある。
世の中への構えなのだろうか。 がちがちになるところ。

 そういうところは むかしよりずっと
よくなってきた とおもうけど、まだまだ より 開いていける
ということなのだろう とおもうのよ。 
そういう やわらかな より しなやかな在り方 へのレッスンを
フラを通してもおこなっているのだな といつも感じます。

 ふわりとしたものを じぶんのものにしたい。
わたしがもともと持つ たたずまいのようなものに
もっとそうしたものが 加わってゆきますように。

 そしてそして わたしが外側に出している
些末な(まぁたいせつなことではあるけど)好みとか
興味とか そういったものではなくて 
もともと持っている奥のたたずまいが もっともっと
世界に対して開いて流れてゆけますように。
お互いのそういう部分たいせつにおもいあえるひとと 
めぐりあいますように。

 

 

2013年7月1日月曜日

こころをひらくこと

 7月! てことで2013年も半分終わって後半戦。
て 闘ってるわけじゃないけれども。

 最近思ったこと。

 わたしはたぶん ちょっとだけはかわってるけど
でも そこまでかわってなくて
若い頃 世の中とうまくいかなかったのは
うまくいきたくなかったから なんじゃないか
とおもう。 そういうふうにして じぶんのアイデンティティ
みたいなものを確立した気になりたかっただけ なんじゃないかな
とおもう。 わぁかっこわるい。

 なんでそういうふうに思ったか というと
最近のわたしは たとえば EX○LEがすき♡ って言ってるような
そういうジョシともちゃんといろんな話をしたりだとか
いわゆるジョシ ジョシの極み みたいなティールームで
きゃっきゃして茶を選ぶ とか そういうことも
意外とできてしまっているし できてる というだけでなく
そういう世界の中にたまにお邪魔するようなことも
こころから楽しめることに気付いたから なのだった。

 つめにきのこやふくろうや太陽の塔やかたつむりを描いてもらおう
とするようなひとは そういうひとたちの中にはいないけど
わたしが そういう感じを楽しんでいることを
そこまで冷ややかな目でみているひとは 案外いないものだったし
たとえば わたしはEXI○Eのよさはわからないかもしれないけど
別に押し付けられさえしなければ否定するほどキライでもないし
そのあたりの趣味の違いを越えて 話せる部分 というのは
これまで思っていた以上に ある のだった。


 と 思えるようになったのは フラをやるようになったから
だとおもう。 フラの仲間といまたのしくいられるのは
表に出ているもの よりもうすこし奥のところを 
フラというものを通して みんな ちょっと開いているような
そういうひとたちだからじゃないか と感じる。

 というか 自然と開くようになっていて
そうしたら むこうも開いていて むかしからそうだったみたいに
開いていて そうしたら これまで避けてきたような
いろんなことも 意外にもたのしかったり
そこを越えて話ができたりするようにもなっていた
というような そんな感じなのだ。


 かわってる ところが じぶんに ない とは言えないけど
でも わたしは意外と いろんな場でたのしむことが
いまや できていて かわってる と言われるようなところなんて
実は わたしの芯のところとは あんまり関係ないどうでもいいような
そういうところなのかもしれない と思うようになった。

 趣味がかわった とかいうのとも違うし
わたしがいい とおもうものは やっぱり わたし が
そうおもう そう感じる ものであって
そこはかわらないけど でも なんていうのか
わたしのたたずまいは わたし というにんげんの
芯とか核とかのところは そんなものとは関係ないところに
あるんだなぁ って。 


 わぁ。ほんとうにすごい。 こんなことおもうようになるなんて。


 世界はパーフェクトだね。 わたしはもっと
いろんなところで開いていけるとおもう。

 わかってくれるひとがちょっとしかいない というのも
プレイだったな と いまはそう感じていて
その感じがとても 新鮮だ。



2013年6月28日金曜日

雑感

 またすこし じぶんがつぎのなにか にすすみつつあることを
感じるのよそういうまいにちなのよ。

 なにもあたらしいことは ないんだけど。

 いろんな内的な変容が起きたならば
外側の変化は あとからちゃんと 勝手についてくるものだ
とおもうけど ここしばらく あんまり現実場面の
あたらしいなにか があるわけではなかったり、というより
わたしがのぞむようななにか はないっていうことです。えぇ。

 それでも。

 いろいろな わくわく だとか さみしい だとか
うらめしい だとか こわい だとか うれしい だとか
ほんわり だとか もうありとあらゆるきもちが
それこそ波のように さまざま わたしにはやってきて
そのことをおいかけることに うけとめることに
わたしはいっしょうけんめいになっていて
それは わたしが生きていること の
あきらかな証拠なのだなぁ なんてこととか 思っていて。


************

 最近、しごとの上での じぶんの持ち味
みたいなことをまた 考えるようになった。ふと。
というか もう わたしの持ち味 わたし自身 を
持ち出さないでしごとをするなんて ありえないんだな
ということばかりを感じる。 わたし をきちんと
そこに 相手に フォーカスさせないことには
一切が成り立たない という そういう
まぁ あたりまえなんだけども ということを。

 それは ノウハウではなく そのときそのときの
真剣勝負の そこ でのみ生じているなにか から
一緒につくりあげてゆくもの。

 そこにしかありえないことをしよう。
そこにしかありえないことに わたしをゆだねる
というか なげいれる というか なんていうのか
ともかく 主体的にそういうことをわたしはやる。


**************

 もっともっとわたしは わたしのリアリティを
目の前で生じている その ナマのそのことを
貪欲に感じたい。


 こんな欲望 むかしは絶対になかった。
でも そういうもの を わたしはしっかり
わたしのものとして感じながら突き動かされることを
きっと ずっと望んでいたようにおもう。

 でもそれは ただ動かされる のとは違うのだ。


**************
 
 しごともプライベートも すべてがわたしで
もうすべてつながっていて そのひりひりする実感のなかで
わたしは生きるのだということを やっとやっと
実際におこなっているのだ とおもう。

 もう にどと ばらばらになりたくないの。
何かにそっくり依存しようとする ああいう生き方は
もう絶対に したくないの。 甘い思い出としては
のこっているけど。 もうああいうふうに わたしはいられないの。


***************


 職場でかわいこちゃんたちにうつるわたし のはなし を
聞いた。 わたしはとても 自然に わたし以外のなにものでもなく
そこにいるように感じられる というようなことを言ってもらえて
うれしかった。 わたしがわたしになる過程はこれからも続くけど
職場で 無理のあるたたずまいでいることだけは
これからもないようにしていきたい とおもう。