なつやすみがはじまった。
なつやすみ というのは子どものころから
じぶんの誕生日が近くなるとき というので
すこしトクベツな感じがする。
なつやすみ1日目は トモダチ2人を家に呼んで
みんなで浴衣を着て飲んだくれる というすばらしい企画により
幕を開けた。
これまで 何かを得たら 何かをうしなう という考え方や
変化すること 変わること というものにも なにかしら
抵抗を感じていて 変わってしまう のではなくて
これまで持っているものに何かが加わって(あるいは反応して)
変容するのだ みたいなことを言ったりなんだりしていた。
でも。 ここ最近もんのすごくわかってきたのは
何かを得たら 何かをうしなう というのはほんとうのことだ
ということと ひとはやはり 変わるのだ ということだ。
まぁ 変わらないし 変わるし なんだけどもともかく。
わたしが思っていた 変容する ということには
あまい幻想みたいなものがたぶんにふくまれていた。
そしてその なんかこう 実は地に足がついていない
すっからかんな「あまい幻想」は わたしを世の中から
どこか遠ざけたり 妙なところにはまりこませたりした。
でも そのおかげで なんとか生きていたりもした。
いまやわたしは ようやくその あまい幻想 から
外に出はじめたところなのだな とおもう。(40と1歳を前にしてようやく)
わたしはなんどもここで言っているところの「おまつり」を
終えたあとも あまい幻想 を引き連れて歩き
いつもどこかで何かを期待したり 認められようとしたりを
繰り返してきていたのだとおもう。 その集大成としての正月と
あと その後の煮え切らなさ があったようだ。
人生はあたらしい局面を迎えていて
わたしはなんだかほんとうに 変わって しまった。
わたしだけでなく わたしをとりまく周囲も。
あ、それはわたしが変わったからだけど。
(かつて言っていたところの)変容 などという
なまぬるいなにか ではなくて もうほんとうに。
すっかり 変わってしまった とおもう。
わたしは得たし わたしはうしなった。
その強烈な事実を これからまたたくさん
実感してゆくのだろうとおもう。
なにごとも そのとき にならないとわからないし
それとして経験できないものだ。
さぁ。わたしはこの あたらしいところで
これからどのようにやっていくのだろう。
すべてはあたらしく しかし すべてはわたしのこれまでがなければ
つくられていないもの。
あと19日でわたしは41歳になるけれど
ことしの誕生日のタイミングは ほんとうにほんとうに
誕生日 という感じがする。
わたしはきっと ひとりでケーキを買ってお祝いするだろう。
おめでとうわたし と こころからにっこりわらって
ケーキを食べるのだろう とおもう。
2013年8月11日日曜日
2013年8月6日火曜日
らららん
きょうは高校時代からのトモダチとひさしぶりに2人で会って
ワイン飲みながらランチとかして おいしいケーキも食べて
だいすきなお店で衝動買いもして いろんな話して
たのしい時間を過ごしたのだった。
もう四半世紀のつきあいで 15歳だった高校1年生の頃から
彼女とわたしはずーっと仲良くしている。それってかなり
すごいことだよね。
そして さらにすごいのは お互いにいろんなことを経験して
いろんなとこが変容した にもかかわらず やっぱりつきあいが
続いている という そのことだとおもう。
加えて わたしたちは いま をちゃんと生きている。
という まぁ あたりまえなんだけど そのことを強く感じて
それはほんとうにすばらしいことだなぁ と感じ入ったのだった。
人生にはいろんなことがあったけど そしてこれからもあるけど
わたしはもっと わたしの感じたことや わたしに起こることごと
そのことにフォーカスして生きてゆこう とおもった。
なんども言うけど 人生はプレイだ。
だとしたら わたしは 他の人が思うわたし や
他の人がこうあってほしい とおもうわたし にフォーカスせず
わたしが感じていることにフォーカスするわたしプレイ で
これからは生きていきたい。
離れゆくひと 続くひと 新たに知り合うひと
いちど離れてもまたつながってゆくひと。
わたしは おそらく運命なのであろうそのつながりの妙を
わたしのものとしてきちんと経験していこう とおもう。
ワイン飲みながらランチとかして おいしいケーキも食べて
だいすきなお店で衝動買いもして いろんな話して
たのしい時間を過ごしたのだった。
もう四半世紀のつきあいで 15歳だった高校1年生の頃から
彼女とわたしはずーっと仲良くしている。それってかなり
すごいことだよね。
そして さらにすごいのは お互いにいろんなことを経験して
いろんなとこが変容した にもかかわらず やっぱりつきあいが
続いている という そのことだとおもう。
加えて わたしたちは いま をちゃんと生きている。
という まぁ あたりまえなんだけど そのことを強く感じて
それはほんとうにすばらしいことだなぁ と感じ入ったのだった。
人生にはいろんなことがあったけど そしてこれからもあるけど
わたしはもっと わたしの感じたことや わたしに起こることごと
そのことにフォーカスして生きてゆこう とおもった。
なんども言うけど 人生はプレイだ。
だとしたら わたしは 他の人が思うわたし や
他の人がこうあってほしい とおもうわたし にフォーカスせず
わたしが感じていることにフォーカスするわたしプレイ で
これからは生きていきたい。
離れゆくひと 続くひと 新たに知り合うひと
いちど離れてもまたつながってゆくひと。
わたしは おそらく運命なのであろうそのつながりの妙を
わたしのものとしてきちんと経験していこう とおもう。
2013年8月1日木曜日
愛とひかりと
やっほー 8月。 こんにちは 8月。
暑くたってなんだって やっぱりじぶんの誕生月のことは
すきなのである。 8 って数字も 30 ていう数も。
もちろん 3 も 0 も。ね。
で。ここしばらく 恋がしたいだのなんだの
そういうことばかり言ってるわねアナタ ていう
そんな調子だったわけだけれど。
やはりフラがすばらしい ということに
またまた思い至り。 踊り自体も だし
フラ というその世界観すべてが ということでもあるし
何より 仲間に恵まれた という そのことが
いちばんおおきい とおもう。
ジョシしかいないこのハラウで
わたしはイヤな思いをしたことがない ばかりか
年齢関係なく 尊敬できる 謙虚な人柄のひとたちと
たくさん知り合うことができて そのことにいま
とても感激しているのだった。
と 同時に じぶんの ひとりっ子丸出し みたいな
わがままで自己中心的な要素 にもびしびし気付かされて
その気付きは痛いけれど でも 悪くない というか
あぁこういうかたちで気付くじぶんのことって
受け入れやすいんだな という感じでいるのである。
落ち込みます。 それはそれは。 でも
あぁ わたしにはこんなところがあるな みたいなのが
ちゃんと目の前にきてくれたんだな というような
そんな感じ。 落ち込むのもまたよし というか。
わたしが 世の中の愛とひかり みたいなものに
気付きはじめたのは 3年前のおまつりのとき だったけど
そのおまつりが終わってからの いま だからこその
愛とひかりをそのまま受け取ろうとする姿勢。
その姿勢が 徐々にわたしのものになろう と
ほんとうに身に付こうとしているのだな というのを感じる。
ハラウの先輩やトモダチが身につけている
芯のところの輝き みたいなもの に
わたしはフォーカスしていこう としている。 というか
考えなくても そこにフォーカスされていくじぶん を
強く感じるようになった。
うわべのものではない 底からひかるうつくしさ。
しなやかな強さ と やさしさ。
わたしもフラを通して もっともっと 身につけてゆきたい。
暑くたってなんだって やっぱりじぶんの誕生月のことは
すきなのである。 8 って数字も 30 ていう数も。
もちろん 3 も 0 も。ね。
で。ここしばらく 恋がしたいだのなんだの
そういうことばかり言ってるわねアナタ ていう
そんな調子だったわけだけれど。
やはりフラがすばらしい ということに
またまた思い至り。 踊り自体も だし
フラ というその世界観すべてが ということでもあるし
何より 仲間に恵まれた という そのことが
いちばんおおきい とおもう。
ジョシしかいないこのハラウで
わたしはイヤな思いをしたことがない ばかりか
年齢関係なく 尊敬できる 謙虚な人柄のひとたちと
たくさん知り合うことができて そのことにいま
とても感激しているのだった。
と 同時に じぶんの ひとりっ子丸出し みたいな
わがままで自己中心的な要素 にもびしびし気付かされて
その気付きは痛いけれど でも 悪くない というか
あぁこういうかたちで気付くじぶんのことって
受け入れやすいんだな という感じでいるのである。
落ち込みます。 それはそれは。 でも
あぁ わたしにはこんなところがあるな みたいなのが
ちゃんと目の前にきてくれたんだな というような
そんな感じ。 落ち込むのもまたよし というか。
わたしが 世の中の愛とひかり みたいなものに
気付きはじめたのは 3年前のおまつりのとき だったけど
そのおまつりが終わってからの いま だからこその
愛とひかりをそのまま受け取ろうとする姿勢。
その姿勢が 徐々にわたしのものになろう と
ほんとうに身に付こうとしているのだな というのを感じる。
ハラウの先輩やトモダチが身につけている
芯のところの輝き みたいなもの に
わたしはフォーカスしていこう としている。 というか
考えなくても そこにフォーカスされていくじぶん を
強く感じるようになった。
うわべのものではない 底からひかるうつくしさ。
しなやかな強さ と やさしさ。
わたしもフラを通して もっともっと 身につけてゆきたい。
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