なつやすみも折り返して もう2週目に入ったんである。
いやぁ すごいね このなつやすみは。
前回のながいおやすみだった春休みも すげー
と思ったものでしたが このなつやすみは
じわじわとすごい。
もちろんにんげんですから 表があれば裏もあります。
が。 だんだんわたしはあんまりその2つの解離しているその距離が
なくなってきたなー と思っていて。
なんていうんですか。 ほんの1年半前までなんて
もーしんどくてしんどくて Twitterがなかったら死んじゃうし
Facebookくそくらえ あれはおつきあい みたいな
そんな状態だったし その後 Twitterが要らないなー と思うようになって
でも Blogがあると そこにはFacebookではとても言えないような
そういうことも書けるし という そんな感じだったわけです。
でもねぇ もう Blogでだからこそ ということすら
あんまりなくなってきました。 もちろん Blogだからこそ
長い文章も書けるし わたしがわたしのために置いておく場所 として
有効なんだけれど Facebookではとても言えない という
そんな内容のことは なくなってきたなぁ とおもう。
わたしはいままで何をそんなに息苦しく思って生きてきたんだろう。
人生はすばらしいですね。
かなしいことももちろんあるし
ゆくかわのながれはたえずしてしかももとのみずにあらず
ということもいっぱい感じるけど
でも それでも わたしはいまのわたしがすきだし
いま わたしを取り巻いている世界のほうを信じる。
ま たまにFacebookでもうっとおしい長い文章は
書いちゃうわけだけれども でも ここは Blogはこれから
ますます 長い文章担当 という
そういう場所にほかならなくなっていくのだろう と思います。
2013年8月20日火曜日
2013年8月16日金曜日
先輩の背中
今朝起きてシャワーをあびてのんびりしていたら
フラ教室で仲良くしていただいているおねえさまから
自主練に誘われたのでした。 おねえさまたちは
明日から開かれるコンペティションに出場するので
そのまえに ちょっと気になるところを2〜3人で確認しあう
ということで自主練を催したとのこと。
なつやすみを 喰っちゃ寝 していたわたしを
しゃっきりさせようとして 家も近所だしどう? と
思いついてくださったのでした。
行ってみたところ。
コンペ前の緊張感 はもちろんあるんだけれども
ピリピリしている というのではなく
きょういらしていた3人のクプナさんたちが お互いを信頼しあい
そして それぞれがみずからやってきたことに自信をもち
かたく結ばれている感じ を強く感じました。
わたしはまだ ちょっとしたイベントに わーわー と
たのしげに出る というだけのことしかしておらず
積み重ねたものは少ないので 正直
大先輩である彼女たちが どんな思いでここまできたのか
ということの 100分の1も想像できていないようにおもうけれど
でも ここまでくるすごさ だけは 圧倒的な勢いで伝わってきました。
そして わたしを練習に混ぜてくださり
しかも わたしに対しての指導までしてくださるなど
コンペ前なんだからほかのひとはどーでもいい
となりそうなところを ちっともそうならずに
迎えてくださって そのことがほんとうにほんとうに
ありがたく あたたかく このひとたちはホンモノだな
とおもいました。
こんなふうに歳を重ねることが わたしにはできるのだろうか。
少なくとも 身近にこのような先輩がいる
というのはとても恵まれていて そのことに
他ならぬ いま 実感として気付くことができたことからも
人生のすばらしさに感じ入らざるをえませんでした。
その割に 帰ったあとすっかりだらけて
結局 喰っちゃ寝 しちゃったけれども
このように感じた ということは忘れずにいよう。
なんてステキなお盆休み。 日々輝く何か。
フラ教室で仲良くしていただいているおねえさまから
自主練に誘われたのでした。 おねえさまたちは
明日から開かれるコンペティションに出場するので
そのまえに ちょっと気になるところを2〜3人で確認しあう
ということで自主練を催したとのこと。
なつやすみを 喰っちゃ寝 していたわたしを
しゃっきりさせようとして 家も近所だしどう? と
思いついてくださったのでした。
行ってみたところ。
コンペ前の緊張感 はもちろんあるんだけれども
ピリピリしている というのではなく
きょういらしていた3人のクプナさんたちが お互いを信頼しあい
そして それぞれがみずからやってきたことに自信をもち
かたく結ばれている感じ を強く感じました。
わたしはまだ ちょっとしたイベントに わーわー と
たのしげに出る というだけのことしかしておらず
積み重ねたものは少ないので 正直
大先輩である彼女たちが どんな思いでここまできたのか
ということの 100分の1も想像できていないようにおもうけれど
でも ここまでくるすごさ だけは 圧倒的な勢いで伝わってきました。
そして わたしを練習に混ぜてくださり
しかも わたしに対しての指導までしてくださるなど
コンペ前なんだからほかのひとはどーでもいい
となりそうなところを ちっともそうならずに
迎えてくださって そのことがほんとうにほんとうに
ありがたく あたたかく このひとたちはホンモノだな
とおもいました。
こんなふうに歳を重ねることが わたしにはできるのだろうか。
少なくとも 身近にこのような先輩がいる
というのはとても恵まれていて そのことに
他ならぬ いま 実感として気付くことができたことからも
人生のすばらしさに感じ入らざるをえませんでした。
その割に 帰ったあとすっかりだらけて
結局 喰っちゃ寝 しちゃったけれども
このように感じた ということは忘れずにいよう。
なんてステキなお盆休み。 日々輝く何か。
2013年8月12日月曜日
むかしむかし
「むかしのむかしのそのむかしー まだまだむかしのまだむかしー
ほんとにあったか なかったかー だれもしらない わからないー
そんなむかしの おはなしよー」
ていうのは 小学4年生のころ入っていた演劇部でやった劇で
いちばん最初にうたう歌。 残念ながら劇の題名を忘れてしまったけど
沼だかみずうみだかに住んでる妖怪にちかい妖精みたいなのが
村にいつも悪さしていたんだけど 最後改心する みたいなそういう話。
わたしはその悪い妖怪だか妖精だかみたいなのの役をやった。
嗚呼当時から自虐的だったわたし。
*あとで思い出したけど「水の精ネック」ていう劇だったとおもう。
*あとで思い出したけど「水の精ネック」ていう劇だったとおもう。
というのはともかく。
むかしむかし もう10年くらいまえに
うずまきのながれ という題のブログを書いていて
わたしはそこに さまざまなどろどろ や
それまでのじんせいに考えてきたことなどを
まことしやかに書き募っていたのだった。
当時のわたしは ケッコンしていたけれども
でも じぶんのダメなところ全開(そうと気付かずに)で
よって努力も足らず けれども いちばんやばい解離 という
そういう方法がすこし落ち着いてきた という段階で
(まぁでもまだ解離してたけど) 要するに
ひどい状態だった。
しかし ひどい当時にひどいとはなかなか気付けないもので
わたしはじぶんが悪いとかあんまり思ってなかったし
なにより あたまでっかちに考えてきた事ごとに
それなりの自信(一般論としても通じる、みたいな)を
持っていたし、さらに、現実生活では 口を開けば嫌がられる
という感じもあったから それを補償するかのように
ここぞとばかりに おのれの考え だとか おのれの思い
だとかを書き付けていたのだ。
はんぶんは いま の思いだったけど
はんぶんは わたしのおもう人生 みたいな
わたし様語り だったように現在のわたしには回想されるような
そういう内容だったとおもう。 わたしのため に
書いているふうを装って わたしは ブログを読んでいる誰か
に向けて 半分ドヤ顔で書いてたんじゃないか。
なんてはずかしい。
それも通るみちだったのだなぁ としか言えないし
そんなブログであっても かけがえのない出会いもあったりして
だからやっぱり それはそれ だったのだけど。
でも。 もういまとなっては あれはあのときの
30すぎの (いまより)青かった まだまだ主体的に経験をすることが
できなかったわたしのやり方だったんだな としか思えない。
おなじような題のブログだけど うずまきのながれ と
うずまきのながれ2 は まったく違うこころがまえで書かれている。
放っておいたらいくらでもなんでも書いちゃうなぁ ということは
変わらないけど、いまのわたしは
わたし自身のこころにいま感じているなにかを落とし込むために
という明確な目的をもって書いていて
だから 当時のように 一般論としても通じる 的な
誰かがこれを読んで何かを感じてくれるかもしれない 的な
そういう思いを持って書くことをしていないし、もうそれは
どうしても できないことなのだ。
そういうあたりも わたしが得て そして うしなった
という その一例となるような事ごとだ。
もうわたしはあの頃のわたしではないから。
もう じぶん自身にフォーカスすること から
決して決して 逸れたくないし
こうあってほしい という誰かの無意識の期待に
わたしは流されないで生きよう。
あたらしいわたしは ようやくかたちを成してきたところ だけれど
それはつまり かたちを成しはじめることができるだけの
土台みたいなものができた ということでもある。
そこから見える風景を わたしは愛している。
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