2014年8月10日日曜日

きゃー

久しぶりに夢を見たのよ。

わたしはつきあってるひとのおうちにはじめて行って
これから泊まるんだな、ていう
そんな雰囲気で、一緒にいろいろ整えたりなどしてた。

それはいいとして。

問題は 夢において つきあってるひと としてでてきたひと
のことなわけですよ。
たぶんだけど、まえにつきあってたひとだったわけですよ。

なんでよー!

まだここで、夢における「友だち以上恋人未満」の定番
キムタク が出てくるなら許せる。
が。 なぜ3年前に別れたひとが。

はっきりとそのひとだったわけではないけど、
たたずまいが当時のそのひとだったことは確かで
彼 というときのイメージが
わたしのなかではそのひとのときから更新されてない
ていうそういうことなのかな と。

わー。残念。すごく残念。
もう出てきたところで動揺、ていうのではなく
じぶんのイメージが更新されていないことに
本格的にがっかり。

もうほんとに次の恋愛がしたいです。
恋愛したい ばっかり言ってる四十路
具合悪いけどな。でも、ほんとなんだもん。

2014年8月9日土曜日

動いてきている

 台風が近づいてる ということで
きょういくはずだったステージがなしになって
なので 家でのんびりしている。 のんびりしすぎている。
すきなもの作って おまけにポテチなどふだん食べないものまで
ばりばり食べてびーるを2本ほど消費して
ケーキまでちょっと食べたりなんかして 
肥えるよね確実に 不健康だよね確実に
ということをしてみたりなんだり。

 てとこまで書いて すでにそもそも 何を書こうとしてたか
忘れそうになるほど 家で飲むとすぐ酔ってしまう。
さみしいな。

 
 ま 350mlのびーる2本ごときではすぐに思い出すんですけど。


 2年前のね 写真をね 見たのね。
2年前のいまっていったら まだ40になる直前で。
そう。あと20日ほどもすればわたしは42歳。 

 でも 2年前のじぶんより いまのほうがいい。
いまのわたしのほうが ずっと動いてる。 

 2年前のいまは フラを始めてまだ半年ちょっとで
日々の必死感もまだとれてなくて
でも コンタクトを作ってみたりして
わたしはこれからまだまだやるんだ みたいな
そういうことを思っていた頃で。ハワイに行く 直前で。


 2年経って。
交友関係にはだいぶ動きがあって
決定的にわたしと付き合いたくない と
言う人がいたり
逆に これから仲良くしましょうねぇ と
思い合えるひとがいたりなんだり。

 あたらしい恋がはじまるでもなく
まぁその寸前 みたいなことはあっても
タイミングが全然合わない とか 相手に全然気に入ってもらえない
とかで 結局なにもなく。 結局 はそうだけど
そうなるまでの何か があるようになったのは
いままでと違うかな。


 とはいえ。 結局何もない というのは
おもてに見える何か であって
わたしの根本の何か ではないのよね。
根本の何か が変わったら おもてに見える何か も
もしかしたらきっと 動いていてしかるべき なのかもしれないけど
でもやっぱり みたところ変わらなくても わたしはずいぶん
2年前とは違うところにきたよね とおもう。


 どうなっていくんだろう。

 そのことが たのしみなこのごろ。
離れてしまうことになった 深く深くつきあったひとたちも
元気でいたらいいな とおもう。


 

2014年8月5日火曜日

タイミング

 合わないんである。 タイミングが。

 いまはそういうときなんだなぁ とおもう。
全然合わない。なんでか合わない。あらゆるひとと 合わない。

 けど だから もう ダメだ というよりは
こんなときだから 無理はしないし
でもまたいつか タイミングが合うときがきて
うまくいくようなことだって あるかもしれない
と そうおもう。

 おもうけど 2回声かけてくれて
2回とも たまたまその日は〜 っていう そういうのだと
このひととはもう縁がないんだろうか ともおもったり。
が それでもなお タイミングが合うときがきたら
そのときは それなりのことなんだろうな とも おもう。

 ていう ただ それだけのことなんだろうな。
わたしとそのひとにちょうどいいように 縁が続いたり
続かなかったり するのだろうね。

 

 声をかけてくれるひとがいる というだけでも
とてもありがたいし そういうことへの感謝を忘れずに
いま目の前にあるたいせつなことをたいせつにしていたらきっと
なにかひらけてゆくんだろう。 あるべきことがあり
起こるべきことが起こり というようにやっていくんだろう。

 それで タイミングが合わないな なんて感じたりするような
そういう出来事がある ということがもう
むかしのわたしとは ちがうわたしなのだな とも おもうのだった。

 あともうすこしで いろんなことがきちんと噛み合って
なにかがまわりだすような そういうこころもちが 
じつは とても とてもとても しているいまなのだ。