こんにちはみなさん。 ほんの数人いるかいないか
何かの機会にこのページに行き当たった方、こんにちは。
一期一会 とかみつをみたいな字で書いてある
的なブログではないのであんしんしてください。
て誰かが読んでる前提で書くのはとってもむなしかったよ。
ほほほ。
さて。両親は越してきました。家から徒歩25分のところに。
あいかわらず 誰かに入られ何かを盗られる という
テーマがあるらしくてねぇ。でもさ、やっぱりそれ
わたしの課題じゃないし、それになんか
盗られる ということや 入られる ということを前提に
暮らしていくってどうなんだろう と思って。
そこがすごくもやもやしたりするけど、
そのあたりのことを オットがすぱっと それはそれ
みたいな感じで切り離して
しかもいろいろなことを手伝ってくれるので
とてもありがたいことだなぁ と思うのだった。
そして両親のほうもなるべく迷惑をかけずに
とか思っているみたいなので、そこはありがたく享受し
牛乳を何本か買う などの 若い者がやったほうがよかろう
みたいなことだけ手伝っているのだった。
両親のあれこれは 母親に由来する課題なのか
とかつては思っていたけれど、そんなわけはなくて
父にも由来する部分であったのだなぁ と
最近とてもとても感じ入っていて、
わたしのそのあたりに関する課題はもうやり尽くしたよ
もうわたしのことは許してよ みたいな気持ちでいて
何かが冷めて そしてやはりまだ近づけないでいる
というところが本音だと思う。
両親の最期の時期を 物理的にできる範囲で手伝い
できる範囲の交流をすること がわたしの原家族においての
最後の課題なのだろう。
そのことにはいるまえに オットという存在をわたしに与えてくれた
神様(のようなもの)ありがとう。わたしはこのひとと
次のこれからの課題をおこなっていくのだろうなぁ とおもう。
きょうは7年前に一緒にハワイにいった
だいすきな友だちが生まれた日で、とてもめでたい。
たくさんのいろんなことがきっと彼女にも起こっていて
会わないでいるあいだに わたしたちはそれぞれ
あのハワイでのわたしたちではない 別の場所にいる。
けど、どこか深いところで まだ何かがつながっていて
彼女がこの世界で 本来のすばらしい笑顔で生きていることが
わたしを励ましてくれるのだ。生まれてきてこの世にいてくれて
ありがとう。おめでとうお誕生日。
と、いうように思うお友達が たくさんではないけれど
何人かいて 人生はたのしい。悲しいことがあっても
うちのめされずに生きていられるのは
そういうひとたちのおかげなんだなぁ。
それではまた会う日まで。すぐかもしれないけど。
2019年9月3日火曜日
2019年2月10日日曜日
2019年が旧暦においても開けたって
いま日本には大勢の中国とか台湾とか
ともかくそういう春節とやらで
ながいおやすみに入った外国のみなさんが
観光に来ているということです。
て、普段の生活では全然わからないけど。
さて。前回のブログ投稿から1年以上。
またわたし、次の何ところに進んでいるとおもうし、
からだもびっくりするほど大きく成長して(涙)
フラ続けてるとさいご国籍とかハワイになるに違いないって
信じることだけで生きてるみたいな(嘘)
ちょっとした おおきいひと になってること以外は
たのしく平和な感じではあります。
たのしく ということばで表してしまうと
どうかと思うけれど。とりあえず、オットとの関係は
なんだか落ち着いています。いろいろ求めなくなったから
だろうかしらね。お互いの在り方がお互いになじんできたのかも。
そりゃ他人のわりに知り合ってから あれ?大丈夫じゃない?
って思える相手であったけれど、どうしたって他人なので
思ったようにいかないことなんていくらでもあって、
それをお互いが微調整みたいにしていくのには
3年かかったんだな ということなんだと思います。
第1期終了、みたいな。
そんな中、今年のハイライトとしては 両親が近所に越してくる
というものがあって、そうなると、あと 最期を看取る的な
そういうことになるんだろうなここ数年のうちに
ということがあります。
どうなるんだろうな。もうなるようにしかならない。
できることをできる範囲で。
・・・とか呑気にいうことを許してくれるオットで
ほんとうにありがたいことだとおもいます。
とか書いてて思ったんですけど、わたしにはもう
誰かが何かを思ったりするようなことを
生み出すちからはないみたいです。
地道に身近の目の前にあることに。
すごくないじぶんとともに生きていこうとおもいます。
で、たまに気が向いたら何か言おう。じぶんのために。
ともかくそういう春節とやらで
ながいおやすみに入った外国のみなさんが
観光に来ているということです。
て、普段の生活では全然わからないけど。
さて。前回のブログ投稿から1年以上。
またわたし、次の何ところに進んでいるとおもうし、
からだもびっくりするほど大きく成長して(涙)
フラ続けてるとさいご国籍とかハワイになるに違いないって
信じることだけで生きてるみたいな(嘘)
ちょっとした おおきいひと になってること以外は
たのしく平和な感じではあります。
たのしく ということばで表してしまうと
どうかと思うけれど。とりあえず、オットとの関係は
なんだか落ち着いています。いろいろ求めなくなったから
だろうかしらね。お互いの在り方がお互いになじんできたのかも。
そりゃ他人のわりに知り合ってから あれ?大丈夫じゃない?
って思える相手であったけれど、どうしたって他人なので
思ったようにいかないことなんていくらでもあって、
それをお互いが微調整みたいにしていくのには
3年かかったんだな ということなんだと思います。
第1期終了、みたいな。
そんな中、今年のハイライトとしては 両親が近所に越してくる
というものがあって、そうなると、あと 最期を看取る的な
そういうことになるんだろうなここ数年のうちに
ということがあります。
どうなるんだろうな。もうなるようにしかならない。
できることをできる範囲で。
・・・とか呑気にいうことを許してくれるオットで
ほんとうにありがたいことだとおもいます。
とか書いてて思ったんですけど、わたしにはもう
誰かが何かを思ったりするようなことを
生み出すちからはないみたいです。
地道に身近の目の前にあることに。
すごくないじぶんとともに生きていこうとおもいます。
で、たまに気が向いたら何か言おう。じぶんのために。
2017年12月31日日曜日
2017年のおわりに
そうです。きょうは大晦日で、明日から世の中は
2018年になるんです。ずいぶん放っておいたブログ。
誰も見ちゃいないブログ。でも、ここ数年
書いてまとめるみたいな部分を
ずいぶんと担ってくれました。ありがとうブログ。
それはともかく。あいかわらず続いてるのよ
絶賛嫌われ期。もちろん みんなに ではないし
仲良しとは仲良しだし、オットともそこそこ
関係を作っていけていると思う。
けれど 多いのはアレです。Face Bookで
あきらかにわたしの情報を非表示、もしくは
見ないようにしている というひと。
しかもそこそこの仲良しであったひとで。
どうして?何か嫌な思いをさせた?
と 聞けばいいのかもしれないけれど
聞く勇気がない というより 聞いてなんとかしたい
というほどに思えていないところが問題な気がする。
もちろん 何か嫌な思いをさせたから
こうなっているんだろう。それはよく考えたら
わたしもやったことがあることだから。
当時仲良くしていたひとが とあるひとに
とっても傷つけられた、ひどい という話を聞いて
わたしも それはひどいなぁ と思ったときに
色々総合して そのひとと交流することが
当時仲良くしていたひとにいやな思いをさせるのでは
というほうを優先させて そのひとの記事の
表示をさせないようにしたり反応しないようにしたり
ということを確かにしたことがあるわけです。
それがじぶんに返ってきただけのことなんだよね。
全然別のかたちだろうし、理由も違うだろうけれど
このひとの様子は見たくない 見るに値しない
と結論づけられるに至ってしまったのは
そういうわたしが呼び込んだこと。
アホである。 やっぱりね
じぶんがどう思ったか じぶんがどうしたいか
が大事なんだよねぇ。わたしの触媒的なところは
わたしがじぶんを何かから守るための
ずるい道具でもあったんだ。それを手放せずに
いるところがあったのかもしれない と思う。
ことしはもっと主体的にやっていくことを
怖がらず、もっと責任を持っておのれを生きることが
本気で求められている(神様のようなもの に)
とおもうのだった。
でも わたしにはそこまでの わたし が
もしかするとないのかもしれないなぁ
とも感じる。 あるけど ない っていうか。
そういうところがわたしの個性なのかもしれない。
中途半端の中途半端たる所以な。
わたしの発言だけを無視するひと
というがいたり、上記のようなことがあったり
というのがあるともちろん傷つくけど、
その傷つきからじぶんを守ったり
立ち直るために そのひとたちを
悪 とすることのないようにしたい。
気をぬくとすぐそうしてしまいそうになる。
名越せんせいは 悪というのはいったん住み着くと
どんどんその勢力をひろげていってしまう 的なことを
言っていた。ほんとうにそうだ とおもった。
その悪を立証するために、いろんなことを
その悪の根拠としてしまうというようなこと。
そうならないようにしないと。
傷ついた ことは そりゃないほうがいいことだけど
いい とか 悪い とかではなくて
そうあっただけの事実。そのことを忘れないでいたい。
傷つけたひとが悪い あのひとはこうだから
あのひとはああだから とならないようにしたい。
というか、そうすればするほど わたしのこころは
どんどん豊かさをなくし、貧しくなってゆくだろう。
2017年に学んだことの結論はないけれど
学んだことを2018年につないで、わたしの旅路を続けよう。
2018年になるんです。ずいぶん放っておいたブログ。
誰も見ちゃいないブログ。でも、ここ数年
書いてまとめるみたいな部分を
ずいぶんと担ってくれました。ありがとうブログ。
それはともかく。あいかわらず続いてるのよ
絶賛嫌われ期。もちろん みんなに ではないし
仲良しとは仲良しだし、オットともそこそこ
関係を作っていけていると思う。
けれど 多いのはアレです。Face Bookで
あきらかにわたしの情報を非表示、もしくは
見ないようにしている というひと。
しかもそこそこの仲良しであったひとで。
どうして?何か嫌な思いをさせた?
と 聞けばいいのかもしれないけれど
聞く勇気がない というより 聞いてなんとかしたい
というほどに思えていないところが問題な気がする。
もちろん 何か嫌な思いをさせたから
こうなっているんだろう。それはよく考えたら
わたしもやったことがあることだから。
当時仲良くしていたひとが とあるひとに
とっても傷つけられた、ひどい という話を聞いて
わたしも それはひどいなぁ と思ったときに
色々総合して そのひとと交流することが
当時仲良くしていたひとにいやな思いをさせるのでは
というほうを優先させて そのひとの記事の
表示をさせないようにしたり反応しないようにしたり
ということを確かにしたことがあるわけです。
それがじぶんに返ってきただけのことなんだよね。
全然別のかたちだろうし、理由も違うだろうけれど
このひとの様子は見たくない 見るに値しない
と結論づけられるに至ってしまったのは
そういうわたしが呼び込んだこと。
アホである。 やっぱりね
じぶんがどう思ったか じぶんがどうしたいか
が大事なんだよねぇ。わたしの触媒的なところは
わたしがじぶんを何かから守るための
ずるい道具でもあったんだ。それを手放せずに
いるところがあったのかもしれない と思う。
ことしはもっと主体的にやっていくことを
怖がらず、もっと責任を持っておのれを生きることが
本気で求められている(神様のようなもの に)
とおもうのだった。
でも わたしにはそこまでの わたし が
もしかするとないのかもしれないなぁ
とも感じる。 あるけど ない っていうか。
そういうところがわたしの個性なのかもしれない。
中途半端の中途半端たる所以な。
わたしの発言だけを無視するひと
というがいたり、上記のようなことがあったり
というのがあるともちろん傷つくけど、
その傷つきからじぶんを守ったり
立ち直るために そのひとたちを
悪 とすることのないようにしたい。
気をぬくとすぐそうしてしまいそうになる。
名越せんせいは 悪というのはいったん住み着くと
どんどんその勢力をひろげていってしまう 的なことを
言っていた。ほんとうにそうだ とおもった。
その悪を立証するために、いろんなことを
その悪の根拠としてしまうというようなこと。
そうならないようにしないと。
傷ついた ことは そりゃないほうがいいことだけど
いい とか 悪い とかではなくて
そうあっただけの事実。そのことを忘れないでいたい。
傷つけたひとが悪い あのひとはこうだから
あのひとはああだから とならないようにしたい。
というか、そうすればするほど わたしのこころは
どんどん豊かさをなくし、貧しくなってゆくだろう。
2017年に学んだことの結論はないけれど
学んだことを2018年につないで、わたしの旅路を続けよう。
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