髪が伸びました。まだ伸ばしてるさいちゅうだけど。
いま脇くらいの長さまで。いわゆる ロングヘアー ちゅうやつ。
美容院行ったら ロングヘア料金 とか
とられちゃうアレ。
で。じぶんでもそこそこ似合ってるとおもいます。
むかしみたいに わーにあわねーきもちわりー とか
おもいません。
まえにつきあっていたひとは 髪の長いおんなのひとが
すきでした。たぶんそうだったんだとおもう。
わたしにもほんとうは髪を伸ばしてほしいみたいだった。
でもわたしは だって似合わないし とにべもなく突っぱねて
伸ばそうなんてさらさらおもわなかったのでした。
それがいまでは。フラをしていて 別に誰に頼まれたわけでもなく
いまだって わたしが髪を切ったところでおそらく
せんせいに怒られたりすることもなく でも 怒られるもんだって
なんて理由をつけて 伸ばしている。 切るつもりはいまのところないし
切りたいとも思わないわたしになったの。
それでたまに思い出す。 髪を伸ばしてほしがった彼のことを。
なつかしいな。 元気だといい と本気で思えました。
わたしの髪は まだまだ伸び続ける。わたしがどんどん
変容していく。伸びたぶんだけ わたしが積み重なる。
2014年9月28日日曜日
2014年9月25日木曜日
わたしのしごと
どうなっていくんかな とおもうわけです。
正直なところ。 でも なるようになっていくんだな
ということは ホネの随から感じてきているので
そうなるんだろう とおもいます。
なーんて どうあがいても あがかなくても
なるようにしかならないから当たり前なんだけど。
この先わたしはどんな人生を送るんだろ。
恋愛したい とおもうし ケッコンもしたい とおもうし
でもね 実は。 わたし このままかもしれないな
とも思っているんですよ。
それでも。 たとえば両親も死んじゃって
なんていうときがきても パートナーできなくて
わたし自身がのたれ死んだりとか そんなことがあっても
やっぱりわたし いまじぶんがしてる この仕事を
死ぬまでやっているだろう とおもうし
いま踊っているフラを 趣味として
死ぬまでやっているだろう とおもうの。
それだけでも シアワセなんだろうなぁ って。
だが。 いまのわたしはまだ貪欲だから
恋愛がないままなんてとってもイヤだし
男子としかるべき関係になりたい と思っています。
思ってるけど。 はっきりわかってるのは
いまの仕事を死ぬまでしたい という この気持ちと
きっと ほんとに死ぬまでこれをするだろう ということ。
それだけ。
正直なところ。 でも なるようになっていくんだな
ということは ホネの随から感じてきているので
そうなるんだろう とおもいます。
なーんて どうあがいても あがかなくても
なるようにしかならないから当たり前なんだけど。
この先わたしはどんな人生を送るんだろ。
恋愛したい とおもうし ケッコンもしたい とおもうし
でもね 実は。 わたし このままかもしれないな
とも思っているんですよ。
それでも。 たとえば両親も死んじゃって
なんていうときがきても パートナーできなくて
わたし自身がのたれ死んだりとか そんなことがあっても
やっぱりわたし いまじぶんがしてる この仕事を
死ぬまでやっているだろう とおもうし
いま踊っているフラを 趣味として
死ぬまでやっているだろう とおもうの。
それだけでも シアワセなんだろうなぁ って。
だが。 いまのわたしはまだ貪欲だから
恋愛がないままなんてとってもイヤだし
男子としかるべき関係になりたい と思っています。
思ってるけど。 はっきりわかってるのは
いまの仕事を死ぬまでしたい という この気持ちと
きっと ほんとに死ぬまでこれをするだろう ということ。
それだけ。
2014年9月21日日曜日
潮目とジョシ
「潮目が変わったんだね」とトモダチは言った。
そうだなぁ とおもう。いろんなことが ほんとうに
変わってしまった。すごいことだ。
痛みも悲しみもあって でもそれ以上に
解放感とか(縛っていたのはじぶん自身だけれども)
よろこびを感じる そんな日々。
「うずちゃん(仮名)はジョシだよねぇ」と
また別のトモダチは言った。
ほんとうにね。むかしはイヤでしかたなく
絶対にそうなりたくない と思っていた ジョシ という生き物。
でも わたしはかなり ジョシだとおもう。
まぁもう40すぎてジョシってのもいかがか と
思う方が大半だとおもうのでそのあたりを慮る
(これが「おもんぱかる」と読むのもアリと知ってから
どうしたって おもんぱかる としか言いたくない)と
女という生き物 だとおもう ていう表現になるわけだけど。
切るのが苦手だし みんなでわーってしてるのも
そんなにキライじゃないし お揃いの何か みたいなのも
けっこう好きだったり わたしの成分には
だいぶ ジョシな感じが含まれているのだよね。
ということを ちゃんと認められるようになった。
それがわたしやん ていう。そういうことが大丈夫になって
そういうことが表に出るようになって
それだけならばまだいいが わたしがわたしを認めるようになって
そしたら やっぱり在り方って変わってしまうんだな とおもう。
もともとわたしにそういうジョシなところがある
ということに ちょっと深く付き合った人は気付いていただろう。
けど、そういうのをうまく出せない感じとか
そうしてじぶんを認めたくない感じから出る
いろんなものに合わせたりすることでなんとか認めてもらおうとする
そんなところがなくなったうえでさらにその性質 というのに
耐えられなくなったひとも いただろうとおもう。
あぁわたしはこれまで中学時代以降
爆発的に嫌悪されるようなことをほんとうに避けてきたんだ。
それは わたしがわたし以外の何かになろうとしていることで
成り立っていた 避け で それじゃあいろいろ歪むわよね。
成り立っていた 避け で それじゃあいろいろ歪むわよね。
期待されるわたし を呼びこんだのは
何かに 誰かに 期待するわたし がいたからだよね。
なんてことをいろいろしみじみ思いつつ
わたしはきょうも 仲間とたのしくフラを踊りました。
ステージがたのしい。みんなと踊れるのがほんとうにたのしい。
ていう わたし。
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