きょう電車に乗っていて いろいろと浮かんだことごとは
ここ最近の様々な気付きのなかでも だいぶ大きいものだった
ようにおもう。 ので書く。
くだらないレベルではあるんだけど。
なんていうんですか 人生はミラクルですばらしい という真理について。
それは実際のところ そうだとおもう。 けど
わたしはそれにともない あらゆることにおいて
すがすがしさ とか きっぱり感 みたいなものを
過度に求めすぎたり そうであるべき と思ったりしすぎてたんじゃね?
ということ。 そんなこと 無理じゃーん ていう。
きょうわたしが気付いたことはそれだったの。
どろどろしたり バカみたい だったり くだらねーなーもー
みたいなことだったり そのすべてを 気が済むまで
バカすぎるどうしよう とか そういうことでぐじぐじしつつもやる
っていう そういうことこそが人生なんだろうな っていう。
もちろんそれを さらに俯瞰でみたら それもすべてすがすがしい
と言えるのかもしれないけど いやぁ そう言える境地には
死ぬ前にようやっとたどりつけるかどうか くらいで
わたしはまだまだ この混沌としたバカさをやり抜かないといけない。
あと その わたしのいまいちばんのバカポイントを形成している
例の彼のことにしても わたしとのことをいい思い出って言ってほしい
とか思ったりしちゃったけど そんなのも 別にもうどうでもいい
というか そりゃ いい思い出であってほしい けど
そうなるようにどうする とかじゃなくてもう それはすでに
彼の物語であって わたしには与り知れないこと なのでした。
わたしは わたしの物語をただただ納得いくように 気が済むように
紡いでゆくためのことをするまでで その過程で
彼がわたしを残念に思うことも それもまた人生であって
生きるってそういうことなのだよね とか。
なんでそういうことを思ったかというと。
わたしは占いその他などでよく
「もっとじぶんを素直に出しましょう」
という趣旨のことを言われており、でもわたしは
どちらかといえば すきとかそのへんを思ったように言っては
信じられない と言われるなどのことで揉めてきたな と
思っていたのです。 が これも よくよく考えると
付き合いを終わらせるほど嫌われたくない という部分で
気を遣いすぎて 将来 とか 今後 とかいう
キーワードに関することは特に 相手にあわせよう
としすぎて じぶんを殺してきた ようにおもう。
もちろん 相手にあわせるって 大切なことだけど
でも いちばん肝心な 価値観 みたいなところで
わたしはいつも 相手の顔色をうかがう感じで
ほんとうのところを自由に出していなかったな と思うのだった。
思い込むのがほんとうに得意だったな と。
これからはほんとうにもっと じぶんに対しても
相手に対しても開いたじぶんでありたい。 そうでなくては
誰とも関係を築くことなんて できないのではないか とおもう。
という先のことはともかく。 まずはいま目の前にある
例の彼に対してやっぱり思っているいろいろな思いを
わたしがわたしの気の済むように わたしの責任でやり抜く
ということなのだ。 最終的に すがすがしくなること とか
かっこよく終わりがくること を目指すのでは
決してなくて。
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