トモダチのBlogを読んでいると
生じている出来事や、実際の物理的な動き方 というのは
もちろん違っているけれど、人生でやっている課題とか
そういうのがとても似ている と思ったりすることがある。
とてもはげみになるし じぶんを顧みるときの
別の視点を提示してもらったみたいな気持ちにもなるので
ありがたいな とおもう。 それぞれのことは
それぞれにしかわかりえない としても。
人生がラクになったのは 相手に求めるぶん
じぶんをがちがちにする ということがなくなったからだろう
とおもう。
あなたは求めてばかりの最低なにんげんだ というようなことを
言われたことがあって、そのときはただただ傷ついたし
でも そうなのかな と思うところもあって
これを認めないといけないのかな と思ったり
でもこれって 言ってるほうも
わたしにそれを求めてるんですよね と分析してみたりもして
ぐずぐずしたとおもう。
それが。やっぱりフラがわたしをしらないあいだに
ここに連れてきてくれた とおもう。そこで出会った人々や
踊るときのこと。 その日々を過ごしているうちに
わたしはそこからだいぶ抜けたのだ。
わたしは誰かの何かになりたかったのと同時に
誰かにわたしの何かになってほしかったんだろう。
けれど。 わたしがわたしでいさえすれば。
わたしがわたしでいさえすればなんでも ってむかしから
口では言っていたけれど そのほんとうのところに
わたしは気がついていなかったのだろう とおもう。
誰かの何か というところが 知らない間に
気にならなくなっていた。ここまでくるのに
最低のにんげんだ ということを言われないといけなかったなんて
返す返すも情けない感じだけれど。 言ったひとも
とてもとても傷ついただろうから こういうことは
なかったほうがいい出来事だけれど でも 起きてしまった。
起きてしまったのなら そこからわたしは学ぶしかないのだし
そうしなかったらそれこそどうしようもないんだろう とおもう。
なんて。そのあたりがすっきりしてきたら
なんだかいろいろ動き出している ようにおもう。
ひさしぶりのきもちにも なりつつある。ふふふ。
なんてすばらしいまいにちなのでしょう。
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