「もしもし下北沢」というばななちゃんの小説を読んだ。
すこし前までだったら ちょっと読めない話だった
とおもう。 というのも 舞台が下北沢 というか
茶沢通り で そこは かつて付き合っていたひとと
よく歩いた通りだったからだ。 茶 ていうほうの近くに
彼の家があったんだ。 小説に出てきた
キャロットタワーの裏にあるカフェ ていうのは
あのカフェのことかな とか いちいちわかっちゃうような。
さらに 小説のなかで 亡くなったお父さんの設定が
バンドマン だったりとかして あーもー ねぇ ていう。
お正月のいろいろ の彼の現職業はバンドマンだし。
もっといえば主人公のあだ名がわたくしにもありうるあだ名で
ちょっとー みたいな。 まぁ設定年齢はおそらく
ひとまわり以上 違っていたのだけれど。
と いうように なんだか読んでて いたたたた
てなりそうな そういう設定満載の小説 だったのだけれど
でも どちらかといえば 甘い気持ちで わたしはこの小説を
読むことができた。 そういうじぶんに驚きもしたのだ。
下北沢や三軒茶屋については もちろんいまでも
積極的にその土地に行きたいほどではないけれど
なんていうのか 別れた彼と うまくいっていた頃の
そういう ちょっと きゅ ってするような
いい思い出による甘い痛み みたいなもののほうが出てきたりして
わたしは あ と思った。
もうほんとうに過去になったんだな。
すこし前だったらきっと いい思い出 は そこに戻りたい
とおもう凶暴な痛みになってわたしをぐしぐしと刺しただろう。
でももう そういうことにはならなかった。
別れた彼とのおつきあいは どうしたって長くは続かなかった
といまはおもうけど なんていうのか あのまちで
彼が一生懸命 わたしをおいしいお店に連れていってくれたり
彼がいとなむ暮らし のようなものを見せてくれたりとかして
なんだかとても かわいらしいものだったな とおもう。
別れてすぐの頃は ほんとうにただの強がりで
そういうかわいらしいおつきあいができてよかったのだ
と 思おうとしていたものだったけれど
そんなことより 腹立たしさとか じぶんへの無力感のほうが
どんどん押し寄せてきて どうにもならなかった。
が いまは こころから あのおつきあいの中にもあった
かわいらしいところ を よかったなぁ とおもえる。
もう二度とないけど あれはわたしにとっても
きっと 彼にとってもそれなりに いい時間だったんじゃないかな。
とか かわいらしいことを本気で思えるだなんて
ほんとうに 時間が経つというのはすごいですね。
バンドマンの彼のことは まだそこまでいかないけど
でもそのうち おなじように かわいらしい思い出になるのだろう。
いや。 かわいらしい ではないな。
「いいでしょ(もんのすごく)若い男子といろいろあって」 ていう
過去の武勇伝 みたいな そういう 自慢の思い出 になるのだろう。
と いうことがわかっているから 完全にそういうものになるまでは
腹が立ったり 悲しかったりしても あせらなくていいのだ。
ええ。一生自慢してやりますとも! この歳で15下と、て!
えーと。途中から 本の内容 とはまったく関係ないことに
はなしがすすみましたけど それもまたよし。(©コイソモレ先生)
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