2013年2月20日水曜日

こわかったこと


 ほんとうに信頼できる とおもうトモダチや
味方になってくれるひとや そこまでいかなくても
たとえば Facebookなんかでつながれば 会おうよ
って言ってくれるようなひととか 何かの折には
集まったりできる学生時代のサークルの仲間がいたりするけど
すきになって いわゆる きちんとしたおつきあいをしたひとたち
に ことごとく 最終的に嫌われたり どーでもいい と
思われたりするに至ることにしかなってこなかった ということは
わたしがほんとうは とてもつまらなく 価値のないにんげんだから
なのではないか と どこかでやっぱり
ずっと思っていたとおもう。

 信頼できる いつも(心的に)そばにいてくれるトモダチも
それはもしかすると わたしの ほんとうのところ を
知らないからであって 過去の恋愛において 最終的に
嫌われたり どーでもいい と思われてしまったわたし
のほうが ほんとうのわたし なのではないか
というように。 おそらく そのとらわれ自体が わたしをどんどん
さらに ダメなじぶん に固めてきたのかもしれない とおもう。


 かつてTwitterをしていたころ 
「かわいそうなわたし ダメなわたし という王国は 
 作るのがカンタンすぎて もはやなんにもおもしろくない」
みたいなことをツイートしたおぼえがある。

 だが わたしはそうツイートしながらも
その頃 ちょっと油断すると すぐにその王国に
閉じこもりそうになってしまうので ほんとうに必死だったのだ。

 そして その王国は いまでもそこそこ 近いところにある
とおもう。 もうあの頃のように その王国が高い高い城壁を築きつつ
すばやくわたしを閉じ込めてしまいそうになることは ない
とおもうけれど どうかすると すぐに じぶんのダメさ に
フォーカスしそうになることは 否めない事実なのだった。


 もうかつてのつらくて悲しい土地に わたしはいない。
ここはあたらしい場所だ と知っている。

 それでも長過ぎた悪夢は わたしを
ほんとうはとんでもなく無価値なじぶん という
暗いところに誘おうとすることがある。
ひかりや明るさを感じられることが
増えているにもかかわらず。

 しかしいまや わたしは暗いところや闇ばかりをみつけて
こわがることで安心する というやり方をよしとしない。
そのやり方がわたしを蝕んできたことを
この1年 しにものぐるいで思い知ったのだから。

 もう こわがらないで暮らしていこう とおもう。

 

 

 



 

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