2013年7月7日日曜日

わらってくれないか

 疲れて家に帰ってきて あたまがぼんやりして
もうあんまりまともなことも考えられない って感じで
そしたら お祭りが終わりに向かっていた 一昨年の年末から
お祭りが終わったあとの しけた花火みたいなことしの正月までの
その一連の出来事がまた思い出されて
なさけねーなー という気持ちでいっぱいになってしまい
ちょっと泣いた。

 どうしてわたしは かっこよくいい思い出にすることが
できなかったんだろうな。 こんなこと言っても どうしようもないと
わかっているけれど。 そして もうこれは
何度でも反芻して もう噛んでも噛んでも 味が出ないくらい
やりつくしたことだったはずだったのに。


 わかっていることは 次に同じようなことがあったとしたら
このたびのような 振り返ったとき ただのかっこうわるい
後味のわるい そういう思い出になってしまうような始末の付け方は
なるべくしたくない しないようにしたい とうことと
そうなのだけれども それでも でもやっぱり
そのときになってみないと じぶんがどんなこころもちになるかなんて
ちっともわからない ということだけだ。


 がんばろ。 とにかく。 なさけない けど。
でも これがただの つまらんプレイに
なりさがらないようにしながら。 しょうがないねぇほんと。


しょうがねぇなほんとに って だれかわたしをわらってくれないかな。
しょうがないんだよほんとに って言いながら 泣かせてくれないかな。


 て それもぜんぶ じぶんでやることだって わかってるよ。

 七夕の日になにを言ってるんだろね。 41歳まであとひと月と23日。
思春期まっただなか。 長いわ。


2013年7月6日土曜日

やわらかにひらく

 さてみなさん。(浜村淳風)
て いまや じぶん相手に忘備録みたいにして書いてるこのブログ
読者を想定していないのにこのはじまり方。 どうしてかって?
なぜなら!きょうは!いろんなひとに!自慢したいくらい!
うれしいことが!あったから!!

 まぁ 何って 通ってるフラ教室の ハラウ内検定4級 に
合格した っていう そういうことなのですけれども。ええ。
うふ。うふふふ。

 なんだか時間が経つごとにじんわりひろがるよろこび。
と、同時に ほんとうに? とか だいじょうぶか? も
あるわけですが。

 この検定 もちろんうちのハラウにしか通用しないものなのですけれども
10級から1級まであって 7級に合格すると ハラウ特製パウを買う権利
4級に合格すると アドバンスクラスのレッスンを受ける権利 を得る
とかなどのことがあるわけです。 最終的に1級に合格すると
インストラクターもできるよ みたいな。そういうね。

 てことで 検定があるんだー と知った去年の秋口くらいにおける目標は
7級に合格してパウを買う! だったし 7級に合格したのちの目標は
4級に合格してアドバンスクラスのレッスンを受ける! だったわけです。
特に 4級に合格する というのは じぶんのなかでも
かなり大きな節目と思っていたことで なので とてもとてもとてもとても
うれしいのです。


 もちろん 合格させていただいてるけれど わたしの踊りは
まだまだ初心者のそれで、実際アドバンスクラスにいる先輩たちの
うっとりするようなうつくしい動きにはほどとおいです。 が。
なんか やっと 入り口にきた というか。 そういう気持ちで。
あの いつもためいきつきながら見ていた あのすばらしい踊りに
すこしずつでも 近づくことができるための その入り口。
わたしも そこを目指してもいいんだ という その入り口。

 身体も硬いし運動音痴なわたしが ここに立たせていただける
なんて 去年のお正月に やっぱりほんとにフラやろう って
決心したときには 思いもしなかったのに。





 きょう 検定のときせんせいに「うずちゃんは正確にしっかり
やってくるひとだから ステップもちゃんとしてる。あとは
遊びの部分。それができるようになるともっとキレイになるよ」と
言っていただきました。 正確にしっかり なんだなぁ。
まえにも やわらかさがない とせんせいには言われていますが
ほんとうにわたしの人生の課題はそこなのだなぁ とおもうの。

 優等生ぽいところが どうしてもある。
世の中への構えなのだろうか。 がちがちになるところ。

 そういうところは むかしよりずっと
よくなってきた とおもうけど、まだまだ より 開いていける
ということなのだろう とおもうのよ。 
そういう やわらかな より しなやかな在り方 へのレッスンを
フラを通してもおこなっているのだな といつも感じます。

 ふわりとしたものを じぶんのものにしたい。
わたしがもともと持つ たたずまいのようなものに
もっとそうしたものが 加わってゆきますように。

 そしてそして わたしが外側に出している
些末な(まぁたいせつなことではあるけど)好みとか
興味とか そういったものではなくて 
もともと持っている奥のたたずまいが もっともっと
世界に対して開いて流れてゆけますように。
お互いのそういう部分たいせつにおもいあえるひとと 
めぐりあいますように。

 

 

2013年7月1日月曜日

こころをひらくこと

 7月! てことで2013年も半分終わって後半戦。
て 闘ってるわけじゃないけれども。

 最近思ったこと。

 わたしはたぶん ちょっとだけはかわってるけど
でも そこまでかわってなくて
若い頃 世の中とうまくいかなかったのは
うまくいきたくなかったから なんじゃないか
とおもう。 そういうふうにして じぶんのアイデンティティ
みたいなものを確立した気になりたかっただけ なんじゃないかな
とおもう。 わぁかっこわるい。

 なんでそういうふうに思ったか というと
最近のわたしは たとえば EX○LEがすき♡ って言ってるような
そういうジョシともちゃんといろんな話をしたりだとか
いわゆるジョシ ジョシの極み みたいなティールームで
きゃっきゃして茶を選ぶ とか そういうことも
意外とできてしまっているし できてる というだけでなく
そういう世界の中にたまにお邪魔するようなことも
こころから楽しめることに気付いたから なのだった。

 つめにきのこやふくろうや太陽の塔やかたつむりを描いてもらおう
とするようなひとは そういうひとたちの中にはいないけど
わたしが そういう感じを楽しんでいることを
そこまで冷ややかな目でみているひとは 案外いないものだったし
たとえば わたしはEXI○Eのよさはわからないかもしれないけど
別に押し付けられさえしなければ否定するほどキライでもないし
そのあたりの趣味の違いを越えて 話せる部分 というのは
これまで思っていた以上に ある のだった。


 と 思えるようになったのは フラをやるようになったから
だとおもう。 フラの仲間といまたのしくいられるのは
表に出ているもの よりもうすこし奥のところを 
フラというものを通して みんな ちょっと開いているような
そういうひとたちだからじゃないか と感じる。

 というか 自然と開くようになっていて
そうしたら むこうも開いていて むかしからそうだったみたいに
開いていて そうしたら これまで避けてきたような
いろんなことも 意外にもたのしかったり
そこを越えて話ができたりするようにもなっていた
というような そんな感じなのだ。


 かわってる ところが じぶんに ない とは言えないけど
でも わたしは意外と いろんな場でたのしむことが
いまや できていて かわってる と言われるようなところなんて
実は わたしの芯のところとは あんまり関係ないどうでもいいような
そういうところなのかもしれない と思うようになった。

 趣味がかわった とかいうのとも違うし
わたしがいい とおもうものは やっぱり わたし が
そうおもう そう感じる ものであって
そこはかわらないけど でも なんていうのか
わたしのたたずまいは わたし というにんげんの
芯とか核とかのところは そんなものとは関係ないところに
あるんだなぁ って。 


 わぁ。ほんとうにすごい。 こんなことおもうようになるなんて。


 世界はパーフェクトだね。 わたしはもっと
いろんなところで開いていけるとおもう。

 わかってくれるひとがちょっとしかいない というのも
プレイだったな と いまはそう感じていて
その感じがとても 新鮮だ。