2013年7月1日月曜日

こころをひらくこと

 7月! てことで2013年も半分終わって後半戦。
て 闘ってるわけじゃないけれども。

 最近思ったこと。

 わたしはたぶん ちょっとだけはかわってるけど
でも そこまでかわってなくて
若い頃 世の中とうまくいかなかったのは
うまくいきたくなかったから なんじゃないか
とおもう。 そういうふうにして じぶんのアイデンティティ
みたいなものを確立した気になりたかっただけ なんじゃないかな
とおもう。 わぁかっこわるい。

 なんでそういうふうに思ったか というと
最近のわたしは たとえば EX○LEがすき♡ って言ってるような
そういうジョシともちゃんといろんな話をしたりだとか
いわゆるジョシ ジョシの極み みたいなティールームで
きゃっきゃして茶を選ぶ とか そういうことも
意外とできてしまっているし できてる というだけでなく
そういう世界の中にたまにお邪魔するようなことも
こころから楽しめることに気付いたから なのだった。

 つめにきのこやふくろうや太陽の塔やかたつむりを描いてもらおう
とするようなひとは そういうひとたちの中にはいないけど
わたしが そういう感じを楽しんでいることを
そこまで冷ややかな目でみているひとは 案外いないものだったし
たとえば わたしはEXI○Eのよさはわからないかもしれないけど
別に押し付けられさえしなければ否定するほどキライでもないし
そのあたりの趣味の違いを越えて 話せる部分 というのは
これまで思っていた以上に ある のだった。


 と 思えるようになったのは フラをやるようになったから
だとおもう。 フラの仲間といまたのしくいられるのは
表に出ているもの よりもうすこし奥のところを 
フラというものを通して みんな ちょっと開いているような
そういうひとたちだからじゃないか と感じる。

 というか 自然と開くようになっていて
そうしたら むこうも開いていて むかしからそうだったみたいに
開いていて そうしたら これまで避けてきたような
いろんなことも 意外にもたのしかったり
そこを越えて話ができたりするようにもなっていた
というような そんな感じなのだ。


 かわってる ところが じぶんに ない とは言えないけど
でも わたしは意外と いろんな場でたのしむことが
いまや できていて かわってる と言われるようなところなんて
実は わたしの芯のところとは あんまり関係ないどうでもいいような
そういうところなのかもしれない と思うようになった。

 趣味がかわった とかいうのとも違うし
わたしがいい とおもうものは やっぱり わたし が
そうおもう そう感じる ものであって
そこはかわらないけど でも なんていうのか
わたしのたたずまいは わたし というにんげんの
芯とか核とかのところは そんなものとは関係ないところに
あるんだなぁ って。 


 わぁ。ほんとうにすごい。 こんなことおもうようになるなんて。


 世界はパーフェクトだね。 わたしはもっと
いろんなところで開いていけるとおもう。

 わかってくれるひとがちょっとしかいない というのも
プレイだったな と いまはそう感じていて
その感じがとても 新鮮だ。



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