2013年1月8日火曜日

走りながら考えた

 きょうはお休みで というか お休みにしていて
なので きょうまでがお正月のような そういう感じではある。

 起きてからだらだらして 洗濯機をまわして
走りにいって お風呂にはいったら もう夕方だ。


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 ものすごく いい線まで いっていた とおもう。
去年一年間 お正月はまだ 油断したら泣くくらい
ほんとうにつらくて それでもなんとか(ちょっとうそ。
Twitterなんかでだいぶまき散らした) 生活をして
歯を食いしばって あぁもうここまできた と
春に思うことができて そのあと
トモダチに叱られながら たくさんの かっこうわるいこと
を積み重ねて 散々ぜんぶをやり尽くして
ごほうびのようなハワイでの時間があって
それからも 少しずつ わたしの気持ちに出てきたことを
ひとつひとつ 無視しないで やってきたのだ。

 そうして冬休みがきた。

 12月のわたしは めったにひかない風邪を引き続けたり
最後の最後で指を削いだり なんだかちょっと がたがたした。
あれは厄落としだったんだから とか
風邪を引いた意味だとか そんなことを いろいろ考えたけれど
なんといいますか。 できたと思ったところで
また 次 に行くために バランスが崩れたりするものなのですね。

 結局いまのわたしはまだ いろんなことが甘くて
はっきり突っぱねられず はっきりものを言えなかったのは
わたしがまだ やり残している わたしが向き合わなければならない
弱いところがあるという証だ。 かみさま(のようなもの)は
決してそれを見逃さない。

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 正直に言うと わたしはたぶん まだ夢を見ていたかったのだ。
もうすべてが変わったことを 秋ころに あれだけ 強く
夢からも その他のことからも 語りかけられていたのに
それなのにわたしは まだ もしかしたら と思ってしまって
そんなわたしだから バカにされても 上からこられても
当然だったのだ。

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 去年いちねんかけて わたしはわたしの顔を好きになり
わたしが たのしい とおもうことを続け
身体を動かし わたし の扱いを だいぶ覚えてきた 
と自負している。

 しかしそれは それでいい とか このままでよい
ということではなくて わたしはもっと わたしを知り
わたしになってゆく作業を深めてゆかなければならない。

 風邪を引いたり 指を削いだり そんなことが起きて
これでいいとかじゃないんだよ まだまだ変わるんだよ
ということを わたしは指摘されているのではないか とおもう。

 起きたことをやり抜こう 起こることすべてを味わい尽くそう
という そのきもちは変わらない。 けれど そのために
わたしがもうすこし 手に入れなければならないこと が
きっとあるのだろう とおもう。

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 すべてをきっちり壊してゆくような
そんなことしかできない人生は もうほんとうにいやだ。

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ゴハンを食べて考えた

 いつか いろんな化けの皮がはがれて
実はなにもないにんげんであることが
いろんなひとにバレてしまうに違いない
と ずっとながいあいだ 思って生きてきた。

 いま そこまでは思わないけど
でも ちょっと近いきもちはある。
なにもないことが あっというまにバレて
というか なにもないから
いまだにひとりでいるのだ と。

 去年のわたしはほんとうにがんばったし
いまのわたしは去年よりましだけど
でも だからこそそのぶん
たいしたことないのがほんとうに表に出ているような
そういうきもちになってしまうのだった。
それでいま わたしはこんなことになっているし
こんなだから たゆがいなくなったら
ほんとうにひとりで生きていくだけなんだ とか。

 あぁもうこわいなぁ。 でも やっぱり
わたしはこのままわたしになることを信じて
やっていくしかない。 

 こわいけど 踊るのをやめない。
走るのもやめない。 どんなにこわくても
生きていかなきゃ。 大げさだけど ほんとうに。

 たったいちにちの何かとか 一回の何かで
すべてが崩れるようなことがあって
わたしはそういうことを何度もやってきてしまった。

 起こったそれは 運命だろう。
でもわたしは自由だ。 わたしがどう感じ
どう生きるかは それでもやっぱり 自由なのだから
だから生きていくとおもう。 

 何度もおなじようなことを おなじような思考を
つい繰り返す。 繰り返すけど むかしとは違う。
わたしには からだ がある。









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