2012年11月30日金曜日

Be active!

 ここのところ職場で読んでいた本があって(こんなことについての
あぁ これは いま読むべきように できていたのだな とおもった。

 その一連の本は 去年から職場にあって そのうち読みたい
と思いつつ ずっとあとまわしにしていたのだ。 けれど ここ1週間くらいで
なんだか読まなきゃ というこころもちになって読み始めたところ。
あぁもう これだ。わたしにもうひとつ足りないのは というか
これからの(去年からはじまっていたけれど)課題はここだ 
というようなものを ちから強くつきつけられた。

 能動的に。 アクティヴに。 

 ずっと若い頃のわたしが いつ 現実的に危ういもの に
遭遇してもおかしくない という方法でばかり いろいろなものを
処理していたのは わたしがいつも こころの事態に対して
パッシヴになっていた という側面も大きかったのではないか。

 かろうじて残された アクティヴなうごきを求める部分が
ゲド戦記 を読むようにしむけたり なんてことをしていて
そういうところでなんとかかんとか わたしはただ
パッシヴになって現実の危うさに巻き込まれることを
まぬかれていたのかもしれない。 が それでも あまりにわたしは
わたし自身が引き受けて経験すること をやらなさすぎていたとおもう。




 去年の失恋以降のいろいろは わたしがはじめて
アクティヴに経験してきたのに近い過程だった。
が それでもまだ わたしはパッシヴになってしまうことがある。
いや それに気づかないふりをしているところがあった。

 そのことに きっちりとどめをさしてきたのが 
このたびの読書であったとおもう。

 仕事のために読んだはずの本だったけれど
これはどう考えても わたしの人生の過程にとって
大きな意味を持つものだろう。

 わたしはもっともっと 目を凝らして 耳をすまして
そうして見たもの 聴いたもの 感じ取ったものを
きちんと経験し尽くす必要があるのだ。 
なんとなく やっていては ダメなんだろうとおもう。
それを アタマでだけでなく やる必要がある。

 すこしでも あれ? と思ったことごとを
ひろいあげてゆくこの作業は その入り口として
やはり必要なことのようにおもう。

 ますます 身体を使うことはやめられない。

*読んだ本の内容のことをそのままやる というのではなく 
 ともかく アクティヴであれ というメッセージをうけとったので
 そのことを記しました。

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